喫茶ナゾベーム

金のかからぬ道楽の日々

14杯め TMOダイエット


 ダイエットの本質はエネルギー(カロリー)の出納管理だ。出納。小学生のときに"読みかたの難しい漢字"として山車や境内といっしょに習った覚えがある。意味を知ったのはずいぶんあとになってからだった。

 おれが実行しているダイエットの方法は、基本の部分だけを見ればおもしろくもなんともない。毎日朝と夜の2回体組成計に乗り、カロリズムを持って散歩し、口に入れたもののカロリー記録する。
 インよりアウトが多ければ体重が減るし、逆なら太る。ただそれだけ。当たり前なことを信じて、当たり前なことを当たり前にやる。結果、当たり前に体重が減る。

 それだけだとすぐに飽きちまうから、タワケの要素も積極的に採り入れる。
 いくつか試した中で、思いつきのあほらしさとは裏腹に効果があったのが、TMOダイエットである。ティーエムオーダイエット。なんかの略じゃない。ただのダジャレだ。正式には剃毛ダイエットという。

 きっかけは偶然だった。気の迷いと言ってもいい。
 7月に心臓カテーテルのために検査入院をした。おれがお世話になっている病院では、施術前に太ももの毛を剃ることが義務づけられている。検査のための管は手首から体内に侵入させるから、何事もなければ太ももは関係ない。しかし検査中の「不測の事態」を不測でなくすために、ぶっとい動脈のある脚の付け根もあらかじめ整備しておくのである。

 カテーテル検査のために入院するのは検査の前日。マンガなどでよくある「若い看護婦さんが剃ってくれる」的なサービスは、ない。おれのような元気な患者は、刃の部分が使い捨てになっている電気シェーバーを渡されて「風呂場で剃ってくるように」と命じられるのである。





 世界のフィリップである。世界のフィリップではあるんだけど、シェービングフォームなどがないので、お湯と石鹸だけで剃ることになる。しかも入院棟の浴室は共同だから、剃っているときに他の患者が入ってきたりすると、かなりバツが悪い。あたふたしていろいろ切っちゃいそうにもなる。挟んじゃったりもする。他人が入ってくる気配に怯えながらの剃毛だから、仕上がりも雑になる。いいことなんかひとつもない。

 ということを最初の検査入院で学んだおれは、つぎからは自宅で完璧に剃り上げてから臨むようになった。
 で、気まぐれは今年の7月、検査入院当日の朝に訪れた。大腿部を剃り上げるついでに、ここもそこもあそこも、いろんなところを剃りたくなったのだ。
 1時間後には、頭髪と眉毛、膝から下の3箇所を残して、すべての体毛がなくなっていた。おれはかなり毛深いほうなので、つるつるの体が自分でも新鮮だった。子どものちんちんを忘れない大人になった気がした。

 剃ってみていちばん驚いたのは脇の下だった。毛がない脇の下ってのは「えぐれてる」ものだと思っていたのだが、脂肪たっぷりのおれの脇の下はえぐれるどころか盛り上がっている。よくない脂肪が肌の下にあることがひと目でわかるこんもり具合だ。はっきり言って醜悪である。
 さらに己の全身を観察して、「毛があったからごまかせていた部分」がいかに多いかを知った。黒にはものを引き締めて見せる効果があるし、発毛地帯は"視線の的"となることで、たるんだ体から意識を逸らせる効果を持っていたのだ。
 単調な肌色だけの裸身は、自分で見てもみっともないフォルムだった。これはいかん、毛に頼らないまっとうな体にならねばいかん。素っぱだかのおれは浴室でダイエットを決意したのだった。