喫茶ナゾベーム

金のかからぬ道楽の日々

9杯め コーヒーを家でおいしく飲むための2つの方法


 コーヒーは農作物だから、その品質は栽培地の環境や収穫時期、生豆の選別・乾燥のための処理方法などに左右される。
 生豆がカップを満たすコーヒーとなるには、さらに焙煎、保管、粉砕、抽出と、じつに多くの関所を通る必要がある。とくに焙煎という、コーヒーならではのプロセスが一般人にも開放されている点が、コーヒーを楽しくし、難しくもしている。

 「コーヒーをおいしい、まずいで語る時代は終わった。コーヒーは良い、悪いで語るべきだ」なんて意見もあるし、ふたりの高名な専門家が抽出時の豆の温度について、たった1度の差を巡って激論を交わしたこともあるという。
 とにかく、コーヒーは複雑であり、その複雑さのぶんだけ楽しい。興味のない人にとってはどうでもよい問題が、知れば知るほど、掘れば掘るほど出てくるのがコーヒーの世界だ。余人の目にはガラクタにしか見えないかもしれないけど、膏にも肓にも病が染みついてしまった当人たちにとっては宝の山である。

 コーヒーの専門家ではないおれも、できれば家でもおいしいコーヒーを飲みたいと思っている。いろいろ試してもみた。結果、誰にでも簡単にできることが2つあると気づいた。

 今回はその方法について書く。おっと、コーヒーに詳しい人は、ここから先は読まなくていいよ。「その程度のことか、常識だろう」とがっかりするだけだから。

 では。
 方法その1は、「飲む直前に豆を挽く」だ。
 この方法を実践するためには、コーヒーを豆の状態で買う必要がある。店の人はたいてい「挽きますか?」と聞いてくれるし、通販のショップでも挽き加減が選べるようになっている。よほどの変人でもないかぎり「うちは豆の状態でしか売りません」とは言わないはずだ。「ネルでドリップする人にしか売りません」って人なら実際にいるけどね。
 挽いてもらったばかりのコーヒー粉が入った紙袋は、じつによい香りがする。幸せの香り、と言ってもいい。でも、香りがするってことは、豆から香りが逃げてるということでもあるのだ。

 飲む直前に豆を挽く。それを実現するためにはミルという道具が必要になる。ミルの種類についても、また、ミルによる引き具合いについても、諸説が飛び交っているが、とにかく「飲む直前に挽く」ことに関しては、異論を唱える人を見たことがない。ファイナルアンサーと言ってよいだろう。

 おれが最初に買ったミルは、メリタの電動ミルだった。通販で豆とのセットになっているものをかなり安く買った。いま調べたら『セレクトグラインド MJ-518』という製品で、実売価格は2000円台のようだ。
 電動式で、内部のプロペラ状の刃が回転して豆を粉砕する仕組み。歯は円運動をするから、中心に近い部分と外側ではカットの具合いも変わってくる。粉を粗挽きにするときは短時間、細かくしたいときは長時間挽くという、なかなか原始的なミルである。挽き具合いができるだけバラけないように、本体ごと両手で持ってシェイカーのように振ってみたりもした。




 プロペラ式は電動ミルとしてはもっともシンプルな機構だし、値段も安い。欠点を挙げつらって「あんなのダメだ」というコーヒーマニアも多いが、おれはいいと思うよ、これで。
 すくなくとも「飲む直前に挽く」という大原則だけは守れるようになるから、プロペラ式のミルであっても、あるとないとじゃ大違いだと考えている。

 プロペラ式をしばらく使っているうちに、ちょっとステップアップしたくなって買ったのがカリタのナイスカットミルという製品だ。




 メリタのセレクトグラインドはプロペラ式だったが、このナイスカットミルはカット式という機構だ。挽き目がダイヤルでカチンカチンと調節できるから、本体をシェイクする必要はない。そもそも据え置き型なのでシェイクするようにできていない。実売価格は2万円弱といったところ。刃の掃除の際には分解する必要があるが、10円玉が1枚あればけっこう簡単。ただし小さなバネがあるので、なくさないように注意することだけがポイントだ。

 ただ、プロペラ式と比べて安定しているとはいえ、おれには「まだちょっとムラがあるかな」と思えたので、コンセントとナイスカットミルの間に調光器を挟んで、パワーを7割ほどの落として(=回転数を落とす)つかっている。
 こいつの欠点は、豆を挽いているときに粉末が飛散すること。飛び散った微粉を掃除するためにブラシと静電気式の小さなほうきをつかっている。

 家庭用のミルには、ほかにも伝統的な手回し式のものがある。おれも1台持っているが、挽き目の調整がめんどうなので(できないわけではない)、観賞用になってしまっている。
 もうひとつ、フジローヤルというコーヒー関係では有名なメーカーが『みるっこ』という電動ミルを販売している。こちらはグラインド式(臼式)という方式で、実売価格は3万円前後。サイズもナイスカットミルより大きい。家庭用の電動コーヒーみるではみるっこが最高峰、とも言われるが、業務用には桁のちがう製品がたくさんあるので(70万円なんてのもある)、ここから先はマニアの世界だと思う。

 とりあえず、おれはナイスカットミルで満足している。

 コーヒーを家でおいしく飲むための方法、2つ目。こっちは安いぞ。
 その方法とは、『シリコーン置くだけラップ蓋』をつかうことだ。1枚100円、ダイソーで売られている商品だ。

 好みにもよるだろうが、おれは冷めたコーヒーがあまり好きではない。
 「いや、冷める過程こそがコーヒーなんだよ」とか「冷めたらまずくなるようでは本物のコーヒーではない」と言う人には、このラップ蓋は不要だ。これは、コーヒーを冷めにくくするための道具なのである。

 コーヒーを冷まさないなめに、おれなりにいろいろ工夫をしてきた。
 まず、カップは真空層のある保温性の高い二重構造のものをつかう。おれがコーヒーを飲むときにつかうのは、金属製のマグカップのときでも、ガラス製のグラスのときでも、「冷めにくいやつ」だ。構造上、カップの縁が厚くなってしまうから、唇の感覚はお世辞にもよいとは言えない。でも、それを犠牲にしてでも、おれは冷めにくいコーヒーが飲みたい。

 保温カップをつかえば、ふつうのカップと比べて中の液体の温度は下がりにくくなるが、それでも上部から湯気とともに温度と香りが抜けてゆく。なんとかしたいと思って最初に試したのが陶器製の『マグカップの蓋』。
 高名な喫茶店で、客がトイレなどで席を立つと、コーヒーが冷めないようにカップにさりげなく蓋をしてくれるところがある。そのマネをしたわけだ。しかし、陶器は割れるのである。喫茶店であれば、こちらにもいくらかの緊張感があるので、蓋を落としてしまうようなことはない。しかし自室で毎日何杯も飲むうちに、蓋を落としてしまうこともある。運が悪ければ陶器の蓋は割れる。おれは3枚目の蓋を割ったときにようやく、この方法は自分には無理だと悟ったのだった。

 つぎに試したのは電気式のウォーマーである。サーバーやカップの底面を直接加熱する道具だ。短い時間であれば、この方法は有効だと思う。しかしコーヒーサーバーを長時間加熱し続けると、なかのコーヒーは確実にまずくなってゆく。ひと昔まえのファミリーレストランのコーヒーを思い出す味になる。サーバーの中で煮詰められた、独特のまずいコーヒー。たまには「あのまずさ」を懐かしく思い出すこともあるが、毎日実感したいほどではない。
 おれが愛用している電気式のコーヒードリッパーには最初からサーバーを温めるためのウォーマーが組み込まれているが、コーヒーを淹れるたびに「余計な機能をつけやがって」と苦々しく思っている。おれにとって「加熱はコーヒーの大敵」なのである。そのコーヒードリッパーを毎日のようにつかっているが、ウォーマーの部分にはコルクのコースターを置いて、サーバーに熱が伝わらないようにしている。

 そして、ついに出会ったのがシリコーン置くだけ蓋。こいつをカップにのせて、まんなかのポッチを軽く押すだけで密着してくれる。その密着力はたいしたもので、ポッチをつまんでカップごと持ち上げても蓋がはずれないほど。おれが使っている金属製の保温マグカップにコーヒーを入れると合わせて600グラムほどになるが、それでも楽々と持ち上げることができた。何度もやると悲惨な事態を招くから、もうやらないけど。




 こいつをつかったときの保温力はかなりのもので、つねに熱いコーヒーを楽しむことができる。「淹れたときより熱いんじゃないの?」と思うことすらあるが、それはカップ内の空間にある湯気のせいだと思う。シリコン製なので、ぞんざいに扱っても割れることはない。唯一の難点は「見た目がねえ……」だが、ひとりで飲むぶんには気にならないし、客人には「おもしろい道具を紹介する」ということで相殺してもらえる程度のことだと思う。
 あ、ふつうのカップなら蓋のサイズはSで十分ですよ。




 以上、ミルとシリコン蓋。
 とりあえず、この2つがあれば、自宅のコーヒーはおいしくなる。と思う。